『閑人戯言』リニューアルのご挨拶

時の流れに身を任せ、今回から「閑人は、たわ言とデジカメで日暮らしする」
ことにしました。
言葉の不足は画像で、画像の不出来は言葉で補いながら続けたいと思っています。
お付き合いよろしくお願いします。(2005・9・8改訂)

 これまでの「気まま日記」は「閑人の戯言」として再出発いたします。
 閑人はろくなことは考えません。気に障ることもあろうかと思いますが
そのときは馬耳東風で聞き流してください。(2002・9・13改訂)
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山頂に立つ
   2005・12・29



この瞬間を求めて汗を流した。

感動と充実感は登った者しか味わえない。

来る年も安全第一で山頂に立とう。

櫨の実
 2005・12・20



カエデの色が冴えなかった今年。

ハゼだけは紅葉を楽しませてくれました。

その紅葉も落ちロウソクの原料となる実だけが残っています。

佐賀、筑後平野のハゼ並木は有名ですね。




ティータイム
  
2005・12・16



歩き疲れてティールームへ。

 「いらっしゃい、お疲れのようで・・・」

 「うん、きょうは歩きとおしで疲れたよ」

 「ゆっくしていってください」

 「ありがとう。きみたち優しい顔しているね」

宮崎・平和台公園の埴輪を思い出す。

 「宮崎の平和台公園で一度会ったような気がするけど」

 「あそこにも仲間がたくさんいますからね」

 「よく似ているなぁ」

 「そうですか」

 「優しい目をしている」

 「そう言われると照れますね」

 「ほんとうだよ。それに比べ現代人は優しい顔つきの人が少なくなった」

 「文明のリキに追い回され、みなさん息つく暇がないんじゃないですか」

 「そうだよなぁ、君たちの時代に生まれてみたかった」



今年の漢字   2005・12・13

人それぞれの受け取り方があってよい。

今年の世相を現す漢字は『愛』に決まったそうである。

個人としては意外な感じがしないでもない。

「日本漢字能力検定協会」が全国から公募した8万5000の中で一番多かったのが

「愛」で「改」「郵」「株」の順だったと。

この時期になると自分なりに選んでみる。

自然に浮かんできたのが「暗」であった。

某新聞の「天声人語」は、南海の大津波、JR西日本の列車脱線事故、児童を狙った凶行、

耐震偽装などの例を挙げ、これらはすべて「崩」に集約されるとして「崩」に行き着いたとしている。

この新聞社の見方も明るい話題ではない。

この十年間、「震」「倒」「毒」「戦」「災」などの暗い字が多かったので来年への願いをこめた

「愛」ではなかろうか。




ひこばえ
   2005・12・11



稲を刈りとった後に芽を出した。

あっという間に伸びている。

孫生という字を当ててヒコバエと読む。

米が取れた後の芽は三代目という意味だろうか。



干し柿  2005・12・5



干し柿を見ると冷たかった思い出ばかりが浮かんでくる。

寒風に吹かれ、木に登りもぎ取る竹竿の冷たさ。

夜なべに皮をむく手の冷たさ。

干し柿つくりは子供の仕事だった。

あのころは手にアカギレやシモヤケが出来ていた。

正月のお供えは、ウラジロ、スルメ、昆布、重ね餅、みかん、

一番上に干し柿が飾ってあったような気がする?

鼈甲色の干し柿に白い粉が吹いていた。

砂糖が配給制の時代は貴重な甘い果物だった。



里の秋  2005・12・1



♪静か〜な、静か〜な、里の秋

♪お背戸(せど)に木の実の落ちる夜は・・・

と、口ずさみたくなるような出会いでした。

国東の仏の里、熊野磨崖仏を拝観しての帰り道、

胎蔵寺のお背戸(裏庭)で見つけました。

ピンボケで見苦しいですが団体行動で風が止むまで

気長に待てなくてシャッターを押しました。

画像の善し悪しは別にして、里の秋を感じ取っていただければ幸いです。



むかご   2005・11・25



晩秋の木漏れ日に浮かぶ黄葉。

触れただけで「ポロッ」と落ちそうなむかご。

『おとのして夜風の落とすむかごかな』(飯田蛇笏)。

夜風が冷たくなりました。

暖かくしてお休みください。



幻視・四重の月?   2005・11・18




弧から放射状に発する直線のおもしろさ。

幻想の世界へ誘ってくれます。

あなたは何を連想しますか?




煙立つ風景   2005・11・15



先の日曜日、諫江88ヶ所巡拝に一緒させてもらった。

山郷の畑では乾燥した草を燃やしていた。

今夜は雨の予報。雨前の作業であろう。

懐かしい風景に出会って「田舎はいいなぁ」と思った。

落葉の季節にはよく目にした「落ち葉たき」。

ダイオキシンの問題で「落ち葉焚き」も禁止の時代。

風情のない秋である。



調子に乗りすぎたヘチマ  2005・11・10



耕作主の居ない荒地で、私は勝手に芽を出し、モミジに絡まり天まで登ろうとしました。

望みは果たせず精根尽きました。

もう11月も半ば、夜の冷え込みは堪えます。

どなたか私を地上へ降ろしてくれませんか。



秋桜(アキサクラ)  2005・11・6




秋桜(コスモス)の季節は過ぎようとしている。

今年も、またサクラが咲いた。

これぞ秋に咲く本物の桜。

季節を間違えたサクラである。

人はこれを「狂い咲き」という。

狂い咲きとあざ笑われてもよい、このサクラのように、

もう一度青春に戻ってみたい。




つい足を止める   2005・11・4



同病相哀れむ。

「痔」の痛み患った者にしかわからない。

赤い血が滴るその痛みが伝わってくる看板。

秀作。




カマキリ   2005・10・27



身のほど知らずのたとえとして「蟷螂(とうろう)の斧」、日本では毒婦の代名詞となり、

「かまきり夫人」という怪しげな映画まで作られた。

農家の人は害虫を食べてくれるこのカマキリを益虫として大事にする。

しかし、雌が交尾中に雄を食い殺すという悪いイメージもある。

また押しつぶされたお腹からハリガネムシが出てきてもがく姿は気持ちが悪い。

私にとっては悪いイメージの多いカマキリ。



強い風   2005・10・20

まだ朝が明けきらぬ6時前外へ出た。

風が強くふき、耳が冷たく痛い。帽子を吹き飛ばされそうで深く被りなおした。

耳の冷たさと痛さを感じたのは今年冬以来のことである。

確かに朝晩は冷え肌寒くなった。しかし、冬の寒さからすればまだ暖かで比べものにならない。

長袖のシャツとトレパンに衣替えしたのは数日前、それまで朝の散歩はTシャツに短パンで心地

よいくらいであった。

今朝の風から駆け足で秋が深まっていく気配を感じた。

風は耳と摩擦し鈍い音を発しながら通り抜ける。両耳は風の音で遮断されいつもの朝の静けさはない。

風の音で栓をされた格好の耳のため、頭の思考回路は狂い、何者かに追われている心理状態へ堕ちこんだ。

物音ひとつしない静謐も怖いが単調な音の中に長くいるのも恐怖に襲われる。

人間は生活の多様な音の変化の中にあって、はじめて安堵し落ち着ける生き物かもしれないと思った。




蜘蛛の巣
    2005・10・18



この時期、至る所に女郎蜘蛛が網を張っている。

家のひさし、物干し、玄関と人間に意地悪しているような蜘蛛もいる。

蜘蛛にとっては獲物が引っかかる良い場所だと判断したのだろう。

しかし、人間は勝手なもので、機嫌が良いときには、そーっと避けて通るが、
虫の居所が悪いと邪険に払いのける。

蜘蛛にとっては災難(人災)だ。この蜘蛛は何か信号を発している。

抗議文のようでもあり、メールアドレスのようでもある。

あなたなどう判断しますか。




怒 り  2005・10・15



郵政民営化で笑いが止まらない小泉さん。

北朝鮮の拉致問題、

中国の油田開発、

アメリカの独走、

にはこんな顔してくれませんか。




なたまめ 2005・10・12



このごろ畑で大きな豆を見かけるようになった。

幅5センチ長さ30センチはあるジャンボ豆。最近の健康ブームにのって、
「ナタマメ茶」として需要が増えたのだろうか。

漢方薬として利用され、腎臓機能を高めるほか、腸管の働きを活性化させ、
免疫力を強めると言われている。

まだ飲んだことはない。

紅色の花の種類と白い花の種類があり、白い花の方はサヤがやわらかくて
漬け物にするとか。

カレーに付き物の福神漬けの中にはスライスしたナタマメが入っていると
ご存知でしたか。




一日のスタート 2005・10・9

早朝の散歩。

わが靴音のみ聞こえる。

他に人気なしと思えど、後ろを振り返り確かめる。

あとに続く者なし。

思い切りガスを一発ぶっ放す。

気分すっきり快腸、快調。

再び歩き出す。




ごあいさつ  2005・10・7



あさ・・・おはようございます。行っていらっしゃいませ。

夕方・・・お疲れさまでした。

駅員に代わって挨拶する
ひまわり

JRフォームにて。




人形の樹   2005・10・05



マキノキの実は串団子のように赤と青の丸い実が重なっている。

一風変わった形で面白い。

赤い実は食べられる。子供のころ食べた記憶が残っている。

そのころ「にんぎょうのき」と言っていた。

マキノキと知ったのは大人になってからである。



稲 架   2005・10・3




刈り取り、脱穀、乾燥、籾摺り、この工程を経て玄米となる。

刈り取り、脱穀は田んぼでよく見かける。

乾燥も籾摺りも農家では見かけなくなった。

たまに見かけるのがこんな風景。

天日干しの稲架。

多分これは自家用米だろう。

手間ひまかけて乾燥させたお米はおいしいから。

いまも供出という制度あるのかな。自主流通米というのもあったが・・・。

そうそう、米の配給通帳もあった。

この風景からいろんなことが浮かんでくる。





国勢調査
    2005・10・1



けさ家内が国勢調査票は書いたかと聞く。

4、5日前、袋ごと受け取り中をちょっと覗いただけでそのままにしていた。

12ページもある「調査票の記入のしかた」の冊子を見ただけでいやになったからだ。

時間的に余裕があると面倒なことは先送りしてしまうこのごろ。歳のせいかなぁ。

もう先延ばしできない。記入例を見比べながら書いた。

収入を伴う仕事をしていない者には、12ページのうち半分も読まなくて調査票の出来上がり。

12ページの冊子が面倒だという先入観を植え付け尻込みさせたようである。

しかし、床面積を計算するのにてこずった。

5年後の国勢調査はこれ以上に負担を感じるかもしれない。



ゴウヤ(にがうり)  2005・9・30



夏ばて防止の食べ物として人気だったゴウヤ。

今年一年ありがとう。盛りを過ぎ、いま終焉を迎えようとしている。

朽ち果て土に戻る瞬間まで この強烈な色彩、力強い反り。

さすがは滋養強壮のゴウヤだ。

最後までエネルギーに満ちた姿である。



どんぐり       2005・9・28



どんぐりを見るとクリ虫を思い出す。
35年前、大分県竹田市近くに住んでいた。

ここはシイタケの生産地で種菌を植え付けるクヌギの林が多かった。秋になるとどんぐり拾いに行った。
バケツ一杯拾うのにたいした時間はかからなたった。

持ち帰ったどんぐりは、バケツに土を半分いれ、その上にどんぐりを山盛りに盛った。
ひと冬越し水が温むころ、どんぐりを取り除き、土を少しほじくってみると白いクリ虫が潜り込んでいた。

これでハエ釣りの餌は確保できた。どんぐりに虫は大体2匹は入っている。
どんぐり100個として虫は200匹は潜っているはずだ。

当時釣具店でクリ虫は一匹5円であった。バケツ一杯で1000円になる。
釣具屋に売るわけではない。これといった娯楽のない田舎暮らしは川で魚釣りするしかなかった。

クリ虫作りを覚えたのはこのときである。
いまクリ虫はいくらするだろうか。なつかしい思い出のどんぐりである。




娑婆の様子を知りたくて   2005・9・19



この世に生まれたときから塀の中。

生きている間塀の外には出られない。

親の代から無期懲役。

わたしは哀れな『タデ』。




ご機嫌斜めのビーナス   2005・9・16



広告・看板の乱立には困ります。

この辺りは看板もなく私だけが目立っていたのに、

いまじゃご覧のとおり。わたしの存在が薄くなりました。

選りに選って『ぶつだん・仏具』の看板を隣に建てるとは気に食わないね。

わたしゃ右を見向くのはいやだよ。




見あげる地下道の階段
  2005・9・13



階段を登り付いた先は残暑の街だ。

ここから出たくないなぁ〜。

立ち止まってため息をつく。

歩道橋は階段を先に登り降りる。地下道はその逆だ。

先に苦労しあとで楽する歩道橋の方がいいなぁ。

ここに、つっ立って考えていてもしようがない。

上るとするか




そんなに急いでどこへ行く
     2005・9・11

 「おおおっ」万事休す。もうこれ以上避けるところはない。
 普通車が2台やっと離合できるぐらいの狭い市道をわたしは歩いていた。

 前の方から若者向きの派手な乗用車がやってくる。わたしは外側線の端っこによけて歩くのをやめた。
そのわたしに強い引力でも働いているのか車はわたしに吸い込まれるように接近してくる。

 徐行してスピードを落とす気配もなく外側線をはみ出し、あわや接触かと思った瞬間車は抜け去った。

 わたしの後方から来ていた車と離合するための運転であったらしい。わたしと車2台が横一線に並んで、
はじめてこの事情が飲み込めた。

 それにしても一旦停車して相手の車を交わしてやる気持ちはなかったのだろうか。わたしからすれば一か
八かの無謀運転に過ぎない。彼はハンドルさばきに自信があったのだろう。

 運転上手とは、横に同乗している者や歩行者に不安な気持ちを与えない運転だと教えて
もらったのに・・・。そんなに急いでどこへ行く。


 身近な避暑地     2005・9・8

   

まだ残暑が厳しいこのごろ。

冷房の利いた図書館は身近な避暑地で大繁盛。

隣室の休憩所もいつも満員。

閉館間じかになると一人二人と去っていく。

また明日も賑わうだろう。