2005年12月25日(日) |
平戸街道ウォーク(3) |
平戸街道ネットワークの会主催の平戸街道ウォークに参加する。
佐世保市早岐町にある早岐一里塚跡をスタートして早岐本陣跡→上倉駕籠立場
跡→平戸藩御用鯉御囲池→脇崎一里塚跡→藤原一里塚跡→茶屋ノ坂駕籠立
場跡などを経て佐世保中央公園まで歩く。
平戸街道の全コースの内でも歩き易いコースの一つで、大塔町の西九州自動車
道の橋脚の近くにある平戸藩御用鯉御囲池は当時のままの状態で保存されて
いるのと,その先からの自然林を歩くのが特に好かった。
写真は脇崎一里塚碑。
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2005年12月20日(火) |
長崎街道ウォーク(鈴田峠) |
諫早殿さん道を歩こう会主催の長崎街道ウォークに参加した。
永昌宿追分から岩茶屋跡を通って破篭井から鈴田峠へと上る。その途中に
大渡野番所跡がある。
大村領と佐賀領の境界にある硯石の先に籠立場がある。
この硯石から右折して風観岳山頂へと歩く。
その途中に藩境石塚があり、山頂には「従是東佐嘉領」の傍示石がある。
写真は傍示石。(写真をクリックすると拡大画面になります)
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2005年12月18日(日) |
諫早街道ウォーク(猪の塔) |
湯江宿の多良道と竹崎道の追分から多良道を歩いて猪の塔まで歩く。
数年前に、この道を歩いた時の記憶を思い出しながら歩いた。
猪の塔の由来
江戸時代、諫早第4代領主の茂真公に仕えていた山口伊左衛門が狩猟を
好み、この地黒新田に住んでいた。
長年の間に1000頭もの猪鹿を捕ったことは罪であると思い、獣の魂を
慰めようと考えて、供養塔を建てたのがこの猪の塔(ししのとう)である。
写真は猪の塔。
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2005年12月11日(日) |
長崎街道ウォーク(14) |
山家郡屋跡から内野宿北構口跡までの約12kmを歩く。
山家郡屋跡を出発して暫く国道200号線を歩いて左手の旧道へと入る。
再び国道へ出て鍋峠の山道へ入るところ、歩行する人がいないらしくて
藪道になっているので略してそのまま国道を上る。
左側の大根地神社への参道へと入り、鈴田峠へ上る。
鈴田峠からの下りには数ヶ所に倒木があって歩きにくい。
左側に首なし地蔵が祭ってある。更に下ると江戸時代そのままの石畳が
残っていて貴重な財産だ。
鳥居が建っている場所で鈴田峠の自然歩道は終わりで、再び国道を歩いて
内野宿へと歩く。
内野宿の家屋にはその当時の旅籠屋や酒屋などの表示がしてあって、
その当時の雰囲気が味わえて好い宿場街だった。
写真は上が江戸時代そのまま残っている石畳
下は内野宿の当時を表示してある家屋。
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2005年12月3日(土) |
史跡探訪 |
諫早中央公民館主催の史跡探訪に参加する。
土橋貞恵翁墓地→水晶観音→くり舟→若杉春后居宅跡→11人庄屋墓地→
有喜貝塚→白髭神社→横津の石槨→熊野神社→西明寺→観音寺→
千々石ミゲルの墓を巡る。
写真は千々石ミゲルの墓。
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2005年11月26日(土) |
史跡探訪 |
諫早中央公民館主催の史跡探訪に参加する。
塩屋崎や天初院や和銅寺や善神さん古墳→おがたまの木→長戸鬼塚
古墳→目島神社のコースを巡る。
写真は長戸鬼塚古墳。
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2005年11月19日(土) |
徒然散歩 |
国道207号にある水の浦バス停から山手の方へと散策する。
広域農道越えて更にしらぬい学園の方へと上る途中のある住宅の庭に、
見事な菊の盆栽があったので見取れてしまった。
写真は見事な菊の盆栽。
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2005年11月14日(月) |
和銅寺の大いちょう |
高来町法川にある曹洞宗の寺で、九州西国33観音23番札所。
ふるさと諫早の歴史探訪のページに関連項目掲載。
写真は和銅寺の大いちょう。
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2005年11月13日(日) |
長崎街道ウォーク(13) |
鳥栖本町から山家郡屋跡までの約13Kmを歩く。
鳥栖本町から出発しku問屋場跡、高札場跡、代官所跡がある田代宿へと
歩く。
長崎自動車道の下を潜って左手に庚申尊天の前を通る。
JRけやきだい駅の手前から国道34号線へ出て国境石へと歩く。
原田宿の南構口跡、番所跡、御茶屋あとを経て北構口へと歩き、筑紫神社の
裾を通って歩き、西鉄筑紫駅の方へと歩く。
宝満川に掛かる下見橋を渡り、JR筑豊本線を渡って山家宿へ入って
郡屋跡へ行く。
写真は上が国境石(肥前、筑前、筑後3国の境界石) 下が郡屋跡。
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2005年11月7日(月) |
徒然散歩 |
小長井町にある天然記念物のオガタマの木を見に行く。
樹齢が1000年以上
木の幹囲10メートル
高さ20メートル
写真はオガタマの木
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2005年10月30日(日) |
長崎街道ウォーク(12) |
佐賀銀行神崎支店から鳥栖本町まで歩く。
左手にあるひのはしら一里塚を過ぎ、田手大神宮の先から交差点にある
追分石を通って陸上自衛隊目達原駐屯地の前を通り、祇園社へと進む。
久留米への分岐点から国道34号線を直進する。
中原宿を通り、ゴルフ場の中を通過して轟木宿を通って鳥栖本町へと進む。
写真は田手大神宮。
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2005年10月20日(木) |
史跡探訪 |
西諫早公民館主催の史跡探訪に参加する。
神代の鍋島陣屋→島原の沖田畷古戦場跡→島原城→西望記念館→
旧大野木場小学校跡→口之津歴史民族資料館のコースを巡る。
写真は旧大野木場小学校跡。
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2005年10月14日(金) |
史跡探訪 |
西諫早公民館主催の史跡探訪に参加する。
大村の放虎原殉教地→佐世保うつわ歴史館の縄文土器→藤山神社→
泉福寺洞窟→眼鏡岩のコースを巡る。
写真は眼鏡岩。
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2005年10月10日(月) |
諫早城下ぐるり街道うウォーク |
諫早観光協会主催の「諫早城下ぐるり街道ウォーキング」に参加する。
諫早代官所跡→永昌追分→島原街道追分→西郷の板碑→光江稲荷社→
安勝寺(本陣跡)→慶巌寺→諫早神社のコースを歩く。
写真は慶巌寺の山門。
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2005年9月25日(日) |
長崎街道ウォーク(11) |
佐賀竜造寺八幡宮から佐賀銀行神崎支店までの約14kmを歩く。
佐賀竜造寺八幡宮に参拝し、溝蓋の案内板で構口までは歩き易い。
国道264号線に暫く沿って歩く途中で、巨勢小学校のグランドの片隅に二宮
金次郎像を見つける。
当時の国民学校時代に私が通っていた学校にもあったことを思い出して一瞬子供の
頃を思い出してしまった。
田園のなかを歩き、城原河沿いに歩いて神埼橋を渡ると神崎宿に入る。
写真は巨勢小学校の二宮金次郎像。
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2005年7月19日(火) |
長崎街道ウォーク(10) |
JR肥前山口駅から佐賀の竜造寺八幡宮までの約14kmを歩く。
佐賀市内に入り、高橋の川を渡ると街道沿いの溝蓋に往来の篭を担いだ
姿を写した絵が構口まで遠々と描かれていて、それに沿って歩く。
写真は溝蓋に描かれている絵。
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2005年7月3日(日) |
長崎街道ウォーク(9) |
塚崎(武雄)本陣跡からJR肥前山口駅までの約15Kmを歩く。
佐賀県大町町に建築年代が19世紀前半と推定される
国指定重要文化財の土井家住宅がある。
写真は現在の土井家を撮影したものだが、明治、大正時代に2回修復
されている。
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2005年6月26日(日) |
長崎街道ウォーク(8) |
嬉野本陣跡から塚崎(武雄)本陣跡までの約14Kmを歩く。
その途中に脇街道の塩田街道の追分碑がある。
写真は嬉野上使屋で使用されていた門が明元寺の山門として使用されている。
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2005年6月19日(日) |
長崎街道ウォーク(7) |
彼杵本陣跡から嬉野本陣跡までの約12kmを歩く。
彼杵本陣跡から俵坂峠までの長い坂が難所。
この間に山中に鳥越一里塚の碑がある。
俵坂峠には篭立場があり、峠を越すと俵坂番所跡がある。
写真は嬉野の瑞光寺が本陣跡。
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2005年6月12日(日) |
長崎街道ウォーク(6) |
JR松原駅から彼杵本陣跡までの約10Kmを歩く。
彼杵本陣跡からは平戸街道の追分になっている。
写真は才貫田篭立て立場跡の碑。
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2005年6月10日(金) |
長崎街道ウォーク(5) |
岩松番所跡からJR松原駅までの約12Kmを歩く。
この間に大村本陣跡があり、新しく原口一里塚の碑が設置されていた。
写真は新しく設置された原口一里塚の碑。
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2005年5月26日(木) |
長崎街道ウォーク(4) |
石茶屋跡から岩松番所跡までの約9Kmwo歩く。
長崎県内での一番自然が残っている鈴田峠を越して一挙に岩松番所跡へと
下る。
写真は鈴田峠の手前にある大渡野番所跡の碑。
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2005年5月8日(日) |
長崎街道ウォーク(3) |
農林試験場から石茶屋跡までの約4Kmを歩く。
この間には「さやごぜん」の碑や「島原街道追分」の碑などがある。
石茶屋跡の手前に永昌宿跡がある。
写真は永昌宿跡にある長崎街道の案内板。
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2005年5月1日(日) |
江ノ島に遊ぶ |
昨日は鎌倉の大仏などを参拝して今日は江ノ島に遊ぶ。
テレビの画面でよく見る江ノ島を時下に見ることができた。
江ノ島神社に参拝し、展望灯台に上ると、四囲のすばらしい展望を眺める。
海岸に下りて岩屋洞窟を見物すると、多数の石仏像が並んでいた。
写真は江ノ島の遠景。
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2005年4月30日(土) |
鎌倉に遊ぶ |
一度は行って見たい所の一つである鎌倉へ出掛ける。
円覚寺、建長寺、鶴岡八幡宮、高徳院と長谷寺に参拝する。
写真は高徳院にある鎌倉の大仏。
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2005年4月24日(日) |
長崎街道ウォーク(2) |
矢上神社から長崎県農林試験場までの約12Kmを歩く。
藤棚茶屋跡を過ぎて、井樋尾茶屋跡、駕籠立場跡へと続く道は林の中を通る
道が好い。
峠の茶屋跡から林の中にある一里塚を下って久山茶屋跡へと続き、自然が
残る赤松坂から先が一部工業団地内を通ることになる。
旧茶屋跡を過ぎてお馬の水の先が本日の終着地である農林試験場だ。
写真は井樋の尾の街道案内板。
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2005年4月17日(日) |
長崎街道ウォーク(1) |
3年振りに今月から5回目の長崎街道を歩くことにした。
ルートは長崎からスタートして小倉常盤橋までの全行程228Kmを19回に
分けてウォーキングをする計画を立てた。
第1回目は長崎から矢上神社までの約11Kmを歩いた。
日見峠の難所を越えれば後は楽チン。
写真は腹切坂の碑。
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2005年3月20日(日) |
金刀比羅宮 |
昨夜は岡山のホテルに泊まり、早朝出発して瀬戸大橋を渡って四国に入る。
琴平駅で下車すると、参拝者らしき人々が多数歩いているので、その人々に
就いて行くと参道へ出た。
785段の石段を上って本宮に参拝する。
写真は金刀比羅宮本宮。
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2005年3月19日(土) |
安芸の宮島に遊ぶ |
行って見たい神社の一つである広島県の安芸の宮島に行く。
ガイドブックを頼りに宮島口からフェリーに乗船して宮島へ渡る。
厳島神社へ参拝して記念写真を撮影する。
写真は海中に設けられている鳥居。
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2005年3月6日(日) |
桜島に遊ぶ |
未だ鹿児島の桜島へ行ったことがないので見物に出掛ける。
3月と云うのに櫻島は雪化粧だ。桜島桟橋に待機している
観光タクシーに乗車して櫻島を一周する。
噴火に依って埋没している鳥居が印象的だった。
写真は埋没している鳥居
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2005年2月28日(月) |
滝の観音 |
大分前から滝の観音の名前は聞いていたが、行ったことが
なかったので出掛けた。
境内には立派な山門があり、その門には黄檗宗と記されてあった。
長崎の崇福寺や興福寺と同じ中国系の寺で、我が家の宗派とは
少し趣が違う感じがした。
寺の裏には滝があり、どうどうと流れ落ちていた。
写真は滝の観音の山門
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2005年2月6日(日) |
東漸寺周辺散策 |
佐世保市中里町にある真言宗岩間山東漸寺を散策する。
この東漸寺の境内には四国八十八ヶ所を集合させた88の石仏が
安置されている。
写真はその88の石仏が安置されている山門
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2005年2月1日(火) |
熊野神社の百手祭 |
破篭井町の熊野神社で雪の降る中、古式ゆかしく百手祭が
行われました。
無病息災や五穀豊穣を祈願して毎年2月1日に行われている。
写真は宮司による厄払いの神事(画面をクリックすると拡大画面になります)
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2005年1月29日(土) |
千々石町橘神社周辺散策 |
千々石町橘神社周辺を散策する。
千々石ミゲルは1582年、ローマ教皇のもとに派遣された
少年使節の一人。
写真は千々石町役場に設置されている千々石ミゲル像
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2005年1月28日(金) |
雲仙の一部を歩く |
田代原まで車で移動して九千部岳の九州自然歩道の
一部を歩いてから更に池の原まで車で移動して九州自然歩道の一部を
仁田峠まで歩いた。
写真は田代原に入る場所から見る残雪がある平成新山
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2005年1月24日(月) |
小野地区散策 |
どんより曇った天候の中を小野地区を歩く。
馬場谷の「小野の六地蔵石幢群」を見学してから金毘羅岳の中腹の
松尾社まで登る。森の中の急な坂がきつい。
小野団地から先は行った事がなかったので、その先は黒崎町、赤崎町と
続いていた。
写真は小野の六地蔵石幢群
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2005年1月23日(日) |
破篭井地区散策 |
昨夜から降っていた雨が上り、隣近の破篭井地区を散策する。
諫江88ヶ所の第2番と第3番札所を巡拝し、それから2月1日に桃手祭りがある熊野神社を参拝する。
写真は熊野神社の1番鳥居
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2005年1月22日(土) |
ウォキング教室参加 |
諫早市運動普及推進協議会主催のウォキング教室に参加する。
約100名の方々が参加され、長田ウォキングコース6キロ程度を歩いた。
写真はウォーキング中の参加者の皆さん
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2005年1月21日(金) |
諫江88ヶ所札所巡拝 |
現在まで行っていなかった長崎市戸石地区の第67番から第69番までの
3札所を巡拝する。
第67番札所は戸石地区公民館裏手から森の中に入る。その途中に
6地蔵と観音様が祭ってあった。
第68番札所は川内バス停から飯盛方面から右手の道路に入り
川内地区集会所の手前から左折して約200メートルほど上った場所に
鎮座している。
第69番札所は陣内バス停から矢上方面から行って左に下って右方向に
ある戸石川に沿って300メートルほど上った所にある五穀神社の境内に
鎮座している。
初めて巡拝される方の参考に記述しました。
写真は第67番札所へ行く途中の6地蔵
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2005年1月19日(水) |
長崎街道を歩く |
諫早市内の長崎街道の内、岩茶屋跡から久山の茶屋跡まで歩く。
伊藤鼎之介は佐賀の江藤新平の密偵で、諫早・大村の志願士族である
県庁軍に捕らえられ、この地で斬り合いになって殺された。
写真は県立農業大学校の前にある伊藤鼎之介の墓。(中央の四角の墓標)
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2005年1月16日(日) |
桜島の雪景色 |
雨の中の鹿児島観光となった。
歴代の島津の殿様の別邸だった仙厳園(磯庭園)へ行く。
広大な屋敷には見事な松などが植樹されていて、その管理が十分
なされていた。
城山から見る桜島の頂上には冠雪していて初めて見る光景だった。
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2005年1月15日(土) |
出水のツル |
1万羽のツルが飛来する出水へ出掛ける。
ツル観察センターの前の掲示板には「只今の飛来数11839羽」とあった。
幾つもの群れに分かれて餌を啄ばんでいるその内で、ナベツルが
9432羽と80%の数を占めている。
その内1羽だけタンチョウツルが33年振りに飛来しているのに出会った
のはラッキーだった。
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2005年1月14日(金) |
諫江88ヶ所札所巡拝 |
諫江88ヶ所札所の内、飯盛地区の第62番札所から第66番札所の5ヶ所を
2時間半掛けて巡拝する。
写真は田結山観音寺境内の33観音
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2005年1月13日(木) |
本明川沿いを歩く |
四面橋の横から本明川沿いを歩くと川を伝って吹く風がつめたい。
本明川には2〜3羽の群れの鴨があちこちに泳いでいる。
国土交通省付近から引き返して約1万歩を歩く。
写真は慶巌寺の山門
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