みちのく紅葉の旅(5)
☆ 足跡を残した山(3)
八甲田山
映画や小説の世界でしか知らなかった八甲田山をこの目で見るときがきた。 死の雪中行軍のイメージが強く、観光気分では来てはいけないような、どこか引っかかるものがある。 吹雪に見舞われて199人の将兵が彷徨った挙句、凍死してしまった八甲田山は、観光だ登山だと楽しむ場所ではないような思いがしてならない。 ロープウェー登山口駅は混雑していた。バスから降りてすぐ並んだが、前方には頭が限りなく続きゲートは見えない。 15分間隔で運転される定員101名のゴンドラの中にやっと押し込まれ、次回待ちの組にならなくてよかった。ツアー仲間の半分はあとの組になってしまった。 出発してまもなく「左をご覧くださ〜い。右をご覧くださ〜い。」の説明が始まる。そのなかに、やはり雪中行軍の経緯があり、遭難記念像が建てられている場所の説明もあった。 ゴンドラが上昇するにつれ、山肌は黄色から白へ、白から緑へと変化する。山裾は紅葉の真っ盛り、中腹は落葉して白い幹のダケカンバ林、山頂付近はアオモリトドマツの緑。 小さな箱に押し込められた状態では頭越しに景色を眺めるのがやっと、カメラで景色を収めるなんてとてもできる状態ではない。 山頂駅に着くとゲートには下山するお客で溢れていた。人出の多さにここが標高1300mもある山とは思えない賑わいである。
ゴンドラから吐き出され階段を登り広場に出た。空から暖かい陽が射し、風はほとんど感じない。八幡平のあの寒さと強い風にはまいったが、ここは穏やかで最高の観光日和である。 きょうの温和な日和からは、人形のような樹氷、深い積雪は想像できない。山頂駅に気象情報版でもあるのか「ただいまの気温9度、風速3メトル」と仲間どうして話しているのが聞こえてきた。 西方向には黄色に染まった山々の遥か彼方に岩木山が望める。目を少し右に移すと青森市があり、その先には黒く陸奥湾が構えていた。
空中を浮かぶようにして白い機体がゆっくりと高度を下げている。あのあたりが空港なのだろうか。 いつまでも飛行機を眺めているわけにはいかない。踵を返し南に向ってトドマツの林をとおり抜け一段高い山頂まで登ってみる。ここまでは観光客は来ないようだ。先客は一人だけだった。
太平洋側に連なっている山々は何処までも黄色だった。その先には三沢や八戸があるはずだが霞んで見えない。向きを変え、南を見るとすぐ近くに赤倉岳、井戸岳がある。ハイマツにでも覆われているのか逆光からの光線の具合からなのか黒い緑の山に見えた。
360度駆け足で眺めるとバスの集合時間に遅れないように山頂駅に戻り、行列のしんがりに並んだ。 わずか15分のぐらいでは、山頂を散策したという気分にはなれないが、これがバスツアーの悲しいところ、諦めて下山しなければならない。
天候に恵まれ、雄大な眺めを見せてくれた八甲田山は、これまで抱いていた暗いイメージを明るく変えてくれた。
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