04北アルプス山行記

燕岳〜大天井岳〜常念岳〜蝶ヶ岳縦走

大天井岳での失態

疲労は集中力を欠き思わぬ出来事を引き起こす。
 燕山荘から切通岩までは、表銀座縦走コースの一部分である。眺望抜群であるはずの表銀座縦走コースも雲に覆われ裏切られてしまった。

このコースはゆるやかな尾根道で一面がハイマツに覆われた斜面が多い。鮮やかな緑のジュウタンを掻き分けるようにして歩いてきた。比較的楽なコースであったが切通岩ではクサリ場、ハシゴがあり緊張した。

 燕山荘で降り出した雨は、小降りになった。雨衣のなかは汗が蒸れ、気持ちが悪くなり途中で雨衣を脱いだ。脱いだ途端に蒸れが発散し、身軽になったような感じで元気が出てきた。疲れは精神的作用も大きい。

 クサリ場を下り着いた鞍部が切通岩。ここからハシゴを登ると槍ヶ岳方面と常念岳方面の分岐点、大天井岳は常念岳方面の左コースになる。

 切通岩から大天荘までは今日最後の急登だ。視界は悪いし、視線はガレ場の足元だけといった感じで一歩一歩時間をかけて足を交わしす。

 ハシゴを登り始めてからおおよそ40分で大天荘の小屋が見えてきた。小屋を見たとき、きょうはもう歩かなくてよいと嬉しさがこみあげてきた。

 燕岳を出発して4時間。大天井岳までとうとう辿り着いたのだ。長い一日だったようでもあり、短かったような11時間でもあった。

 ザックを山荘の玄関広場に置いて外へ出た。大天井岳は山荘から15分ほど登ったところにあり、今回の縦走コースの中では一番高く2,922mの山である。

 ザックを卸した空身の何と軽いこと、重石を取られた身体はバランスを失い足元がおぼつかないが、その不安定さがまた嬉しくもある。

 岩場を飛び石伝いに跳ねるようにして山頂へのぼった。この元気はどこから出るのか不思議だった。

 大天井岳からは、北・南アルプスの有名な山々が一望できるはずである。しかし、雲に覆われ360度の遠望は遮られていた。

 みんなが山頂の祠を囲んで記念撮影をするポーズを撮った。私はいつも撮る役にまわっている。スイッチを入れるとバッテリー切れの赤が点滅し、シャッターは切れない。

 このことは計算して交換の電池は持ってきている。しかし、ザックの中だ。ザックを卸している時に限ってこんなことになるとは思いもよらなかった。電池不足の予告はだいぶ前から表示していたはずだがまったく気付いていなかった。
 疲労と登ることに集中した頭は、細やかなことに気が回らなくなっていたのだ。ザックではなくポケットに入れておくべきだとくやんだがどうにもならない。

 悪いことは重なるもので、山頂からあと少しで山小屋へ戻るという寸前に、祠のそばにストックを置き忘れていたのに気付いた。何たることか。一人でまた山頂へ戻った。もう跳ねて登る元気はない。元気、疲れは本人の精神状態に大きく左右されることを物語っている。

 また本番の縦走途中にストックの置き忘れに気付いたとしたら取に戻れただろうか。往復20分のロスを取り戻し、みんなに追いつくには相当の健脚でないと出来ないことである。やはりストックは諦め前に進むしかなかっただろう。と思うと物忘れの場所が今日の終点でよかったと変な運のよさを喜ばなければなるまい。


近隣の状況は何とか掴めるがその先が分からない。行く手、前方はどうなっているだろうとガスに包まれた山を心配しながら尾根を歩きつづける。
昼の弁当は竹の皮や葉っぱに包んだおにぎり3個。
豚の角煮を混ぜた、混ぜご飯。
ご飯は粘り気がありうるち米のようであった。
二個食べるのがやっとだった。
身体を酷使するときは、腹持ちのよい餅類が元気が出る。この弁当も食べ応えのある混ぜご飯であった。(11:00)
食事してから20分も歩いたころ、これまでのハイマツのんびりした景色が険しい岩峰の群に変わった。ここが蛙岩と名付けられたところ。
蛙に似た岩はどれだろうと見ながら歩いているうちに岩群を通り過ぎてしまった。
依然としてガスは晴れずに、時には雨が降ってきた。
なだらかな尾根歩きもここまで、「大下りの頭」の案内板のところで左に折れ、斜面を巻きながら急な降りが続く。
ガスが一瞬晴れると美しい山の姿がそこにある。
切通岩の鞍部を登るとまもなくして槍ヶ岳と常念岳の分岐に差し掛かる。
これまで歩いて来た尾根が燕岳方向へ続いている。頑張った跡形を再確認しながらひと息つく。
大天井岳まで、この分岐から40分で辿り着くはずである。
最後尾に付いているわたしは先を行くグループに離されないよう、気合を入れて後を追った。
ここまで来ても時折雨が降り、カメラが濡れないように気を使いながら手早く写した。
大天荘。

小屋の後ろに霞んでいるのが大天井岳。
こちらは町営の大天荘。もう一つは大天井ヒュッテで少しはなれたところにある。
ヒュッテは槍ヶ岳〜燕岳の北アルプス表銀座コースにある。大天荘は常念岳、蝶ヶ岳へ縦走する人たちが利用する。
大天荘の受付で、夕食の料理を魚にするか肉にするかを尋ねられたのには驚いた。
小屋任せで選択の余地がないところが多いが、こんなサービスはハイカーにとって最高のもてなしである。
即座に魚と返事した。

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