わたしは雪山に惹かれる。富士山は八合目当たりまで冠雪した姿が一番美しいと思う。
世界の有名な山を写真で見るたびに、その雪山の美しさに魅せられ、一度は登って見たいと憧れる。
しかし、冬山登山の技術、体力がないわたしには高嶺の花である。
奇しくも、技術、体力がなくても雪山に登れるツアーがあるからと山の仲間が誘ってくれた。標高2100mまでロープウェイで登り、北アルプスの山々を身近に見ることができるツアーだと聞いて、早速申し込んだ。
登山前日の夜9時近く、新平湯温泉の宿に着いた。雪こそ降っていなかったが雲は垂れ込め怪しい天気であった。
ゆっくり風呂に浸かり、そのあと酒を酌み交わしながら夕食を摂るのが温泉宿の楽しみだが今夜は違っていた。食事のあとお風呂に入るようにと添乗員が説明した。
食事の後片付けを早く終わらせるための宿の都合なのか、空腹を抱えた客人への配慮かはわからないが、酒好きな者にとっては旅宿の楽しみは半減した感じである。
今度の旅はついていないなぁ、多分この調子だと明日も楽しみにしている北アルプスの展望は雪か雲に遮られ、駄目ではないのかと悪い方に思いは募り、寝付きの悪い一夜であった。
翌朝、宿を出るとき、やはり空は曇っていた。
宿から新穂高温泉ロープウェイ駅までは30分である。曲がりくねった道をガタゴトと揺られながらバスは登っていく。ロープウェイ駅に近くなったころ、雲は切れ、雲間から朝日に輝く銀嶺が見えてきた。
「あの尖がった山は槍ヶ岳です」バスガイドの声に車内は歓声があがった。昨夜からの憂鬱な気分が一瞬にして吹き飛んだ。だが油断はできない。山の天気は変化が激しい。ロープウェイ駅でバスを降りるやいなや、雲間に輝く笠ヶ岳を見上げ、急いでシャッターを押した。
案の定、しばらくするとガスで山の姿は隠れてしまった。ぬか喜びだったのかとがっかりしながらロープウェイの乗車口に並んだ。待つこと15分でゴンドラに乗った。上昇につれ雲は消え、大パノラマが眼前に展開した。
山頂の西穂高口展望台は賑わっていた。
展望台からの眺めは360度雲一つない快晴。雪に反射する光線で目が眩しい。サングラスを持ってくるべきであったと悔やんだがいまさらどうにもならない。
4年前、新穂高温泉口から3泊4日で双六岳、三俣蓮華を通り雲の平までピストンしたことがある。これが山歩きを始めて最初の北アルプス挑戦であった。その時通過した弓折岳、双六岳が太陽を正面から浴びて、白く輝いている。
あそこの高い稜線を歩いたのか、と信じられない気持ちで食い入るように見つめた。夢でもなく写真でもなく現実の雄大なパノラマの一角をこの足で踏んだのだと思うと胸にジーンとくる。
同じパノラマを眺めながらも、思いは人それぞれのようだ。
「あの山には学生のとき登りましたよ」焼岳を眺めながら懐かしそうに話しかける御婦人もいる。「それでは焼岳をバックに40年前の若い姿に撮ってあげましょうか」というと、笑いながら「お願いします」と持参のカメラを差し出した。
朝8時過ぎから晴れはじめた天気は下山してバスで引き上げる10時ごろには冬独特の厚い雲に覆われてしまった。
快晴のわずかな時間帯に登り合わせた好運に、昨夜の嫌な思いは吹き飛んでしまった。
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