里山歩き(天拝山と武蔵寺) |
日 時 平成15年4月16日 場 所 福岡県筑紫野市武蔵 行 程 諫早〜筑紫野インター〜天拝山歴史自然公園〜武蔵寺〜天拝山〜後天拝山〜天拝山〜飯盛城跡〜高取焼窯元〜大宰府天満宮〜大宰府温泉〜筑紫野インター〜諫早 |
福岡県筑紫野市にある天拝山は麓の武蔵寺と共に興味深い山である。 天拝山は、菅公(菅原道真)が太宰府に左遷されたのち、無実の罪をはらすために山頂に立って天を拝んだという伝説から天拝山と呼ばれるようになった山である。 わがハイキングクラブの里山歩きはいつも10人ほどだが、この天拝山の里山歩きは23人もの希望者があり、いつものマイカーを貸切りバスに変更しての出発になった。伝説の山には誰でも一度は行ってみたいと駆り立てられるものがあるらしい。 諫早を出発して2時間足らずで天拝山のふもと天拝山歴史自然公園に着いた。 ここには水上ステージや藤原登羅麿をモデルにしたモニュメントもあり、憩いの場として人気のあるところだと聞いていたが、平日の朝9時を過ぎたばかりの時間帯にもかかわらず、かなりの人出であった。公園の池では、釣りを楽しんでいる人もいた。 全員でいつものストレッチ体操をして身体をほぐす。広々とした芝生の上で思い切り深呼吸をするとバスの中での眠気が吹き飛んでしまった。
思い思いにザックを担ぎ、登山口の方向より右に逸れ、武蔵寺に向った。この寺は九州最古のお寺だそうで奈良時代に出来たといわれている。建物はかなり新しいようであったからその後建替えられたものらしい。しかし、山門の大きな寺名額は年代物のような感じがした。 境内に入ると、樹齢1300年の「長寿の藤」があったがまだ固い蕾である。 参拝のあと、登山口になっている紫藤の滝に向う。ここは菅原道真が無実の罪をはらすために天拝山に登る前に身を清めたという、紫籐の滝がある。
滝のすぐ横から九州自然歩道が始まり、山頂まで道真公が身を清めてから登った小径だそうで『天神さまの径』と呼ばれているらしい。道しるべとして道真公が詠んだ和歌を歌碑として1合目から山頂まで建ててあった。 自然を楽しみながら楽に登れるこの『天神さまの径』はハイカーたちで賑わっていた。
わたしはいつもグループの最後に付いて写真を撮りながら登る。後から登ってきた大柄の年配男に追い越されそうになった。挨拶をすると女性のような声がかえってきた。 近所に住んでいるというこの人は「月に20回は登っています。もう10年になるから2500回にはなるでしょう」と話してくれた。 山頂には10時25分に着いた。30分の道程であった。 ここ展望台からは大野城市、春日市、福岡市などが一望できる。標高258mからの夜の眺めも素晴らしいに違いない。
天拝山一帯には天判山古城跡、飯盛山城跡の中世山城跡遺構も残っている。元きた道を降りて、後天拝山まで登った。鞍部から急な階段が続いたあとゆるやかな上り下りの繰り返しで山頂らしいところに着いたが見晴らしは良くなかった。また天拝山に戻ってきた。 菅原道真公が都に向って拝んだ方角には宝満山があり、その麓は大宰府天満宮がある。
大宰府に左遷されてわずか2年で、都に帰らぬままこの地で没した。ここに立っているとその無念さを思い出さずには居られない。感傷的になっていると「昼飯は飯盛城址だよ」という声がかかり天拝山を後にした。
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