南アルプス紀行
(北岳・間の岳・農鳥岳縦走)
コース地図 |
7月25日 朝方、枕元の列に寝ていた人が「天井から雨漏りがする」といって寝床を移動する騒ぎで目が覚めた。窓の外はまだ暗い。 きのう夕方の天気予報はどうやら当たってしまったらしい。 窓に吹きつける風雨が風の強さを物語っている。山頂の風雨は横なぐりか下から吹き上げてくる。 わたしは3000m級の山での風雨に出会うのは始めてである。去年の北アルプスは4日間天気に恵まれ幸いだった。 この強風では、尾根はとても歩けないだろう。吹き飛ばされ滑落したら人生は終わりだ。そのことよりも遭難して周りの人、家族に心配をかけたくないという思いの方が強い。ここはリーダーの判断に任せるしかないが無理して予定の行動はとりたくない。 5時出発の予定で、今日の弁当は昨夜のうちに作ってもらいザックの中に詰めている。 4時になると早立ちの人達が起きて、ひそひそ話をはじめた。進むか退却の判断だろう。 朝食は第一回目が4時半からだ。食事をしながらテレビの情報を見ると午後から快復しそうな様子である。 朝食のあと部屋に戻り、6人でこれからの行動を相談した。 わたしの足元に寝ていた熟年夫婦は、きのうこの小屋から農鳥岳まで往復したという。私たちが今日このコースを歩くのだと聞いて、強風に注意して歩くところ、ガスで進路がわかり難くなる場所などを教えてくれた。この二人はこれから広河原の方へ降りるのだといって雨衣を着込んだ。 夫婦から聞いた情報を地図上で確かめ、判断の手がかりにした。大変ありがたかった。 外は明るくなり、窓越しに吹き付ける水滴の向うに、近くの地形が見えた。ガスはかかっているが見通しは20から30mはある。これだと尾根歩きの吹き上げる強風に注意すれば何とかなりそうだ。 かりにここから退却するとして、北岳を越え小太郎小屋に向っても長い尾根がある。ここを無事に乗り切れるか問題である。また八本歯コルコースを選んだとしてもこの悪天候ではバットレスの下を抜けるとき瓦礫が落下する危険性がある。 どのコースを選んでも安全なコースはないようだ。 結局、出発を1時間遅らせ、天気の様子をみることにした。 1時間経ったが天気は変わらなかった。 リーダーの決断で、間の岳、農鳥岳へ前進することに決まった。 ガスはかかっているが30m程度の視界がある。途中て無理だと判断すれば2時間半で着ける農鳥小屋に避難すればよい。予報では天気は快復しそうだ。 これらの3点が前進する判断の決め手になった。 出発の準備にかかった。この悪天候ではカメラを使うこともないだろう。ビニールに包んでザックに仕舞い込んだ。 完全装備で小屋の外に出た。ここは稜線より低い位置にあるから風当たりはそう強くはない。尾根に出て見ないと風の方向と強さは判断できない。 強風の稜線を安全に歩くには自分の二本足では重いザックを担いでいるから不安定になる。 わたしはストック(杖)は持っていなかった。小屋の周りに杖代わりになる棒切れはないかと捜し歩いた。公衆トイレの傍に枯れ木の枝が見つかった。少し短かいが、いざというときには支えになりそうだ。これを持って出発した。 きのう岩に座ってゆっくり眺めた場所まで来たが、あの素晴らしい眺めはガスに包まれ何も見えない。信州大学の学生さんが天気図を書いていた平べったい石は雨に濡れている。きのうの穏やかな天気が嘘のようである。 今日は6人のグループの最後尾から登っている。一人の男性が私の後を追ってきた。健脚そうなので「お先にどうぞ」と道をゆずったがこのままで結構だと断った。 しばらく無言のまま歩いていたが「どちらに行きますか」と問い掛けると塩見岳までの予定だという。この悪天候で単独行は心細いから間の岳の分岐まで一緒に行動させてくれと頼まれた。 話しているうちに、山口県在住の単独行している中年の男性で、広河原から北岳までほとんど私たちと前後しながら歩き、昨夜も同じ小屋に泊っていたことが分かった。 毎年一人で山を楽しんでいる人のようで、去年は北アルプスの雲の平、水晶岳、三俣蓮華岳、双六、黒部五郎岳に登ったと語った。偶然私たちが去年行ったコースとほぼ同じなのでそのことを話すと嬉しそうに「そうでしたか」と言った。 間の岳に着くまでに何回も下から吹き上げる風にあおられたが小屋から拾ってきた枯れ枝で身体を支えた。この強い風も岩峰の影に隠れると嘘のように静かになる。小休止、水分補給はこんな場所を選んだ。 間の岳の山頂は平坦で一面に石が転がっていた。ガスは依然としてかかってはいるが視界は100m位まで快復している。石に塗った黄色のペンキを探しながら進めば方向を間違えることはなさそうである。 ここまで一緒に来た中年の男性は、塩見岳に予定とおり単独行するか、変更してわれわれと行動をともにするか迷っていたらしいが視界が快復している状況から、塩見岳に向うことに決め、別れの挨拶をした。お互い注意しながら頑張ろうと声をかけ合い別れた。
農鳥小屋には私たちを追い越していったグループが休んでいた。 この悪天候にもかかわらず、いく組みものパーティーが同じ方向に挑戦しているのに心強さを感じた。 時間が経つにしたがって風は治まり、ガスも薄くなっているような感じがする。 15分間の休憩の間に水分の補給をした。雨衣を着こんで歩いているが意外と汗が出ていない。霧状の空気を吸っているためか水が欲しいとは思はないが無理に飲んだ。 ザックを開け、カメラを取り出した。視界が写真を撮れそうなところまで快復してきたように感じたからである。 農鳥小屋の看板とドラム缶を至近距離で撮った。小屋全体を写すにはまだガスが邪魔した。 ここから西農鳥までは鋭い急登りが続く。この時間になると北岳を出発したころより風は弱くなっていた。
晴天ならば近くに塩見岳が見えるはずだが残念だ。 白峰三山縦走最後のピーク・農鳥岳まではこれから1時間はかかる。
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