言い違い?聞き違い?
H13.6.8 虚空蔵山(長崎・佐賀県境、608m)山行
虚空蔵山に登るのはこれで3回目になる。今はどこに行っても山奥まで林道が整備され、短時間で山頂まで登れるようになった。この山も林道経由で車を使えば登山口から40分で登られる。
きょうは9名の参加者で2台のマイカーに分乗し諫早を出発した。途中の「岩屋口」バス停で佐世保の「こもれび」山岳会の3名と合流することになっている。
待ち合わせの岩屋口バス停に着いたのは9:40分だった。まだ「こもれび」の人たちは着いていないようだ。連絡をとりあった人の話では、諫早を8;30に出発するから、それに合うわせて岩屋口バス停で待とうと決めたつもりだったという。話の内容では、特に時間は決めてはいなかったが9:30分をお互いに想定していたようである。
ストレッチ体操をしながら15分ほど待っがそれらしい姿が見えない。そのうち追いつくだろう、と車のウインドウに「先に出発している」由、書いたメモを挟んで歩き始めた。
前にここを通ったのは、一年前の2月の寒い時期であった。山裾に開けた棚田は枯れた稲の切り株が並んでいたり、畑は緑の作物は見かけなかったが耕されていた。
今日はすでに6月の半ば、新芽の頃は過ぎ、見渡す限り緑で覆われている。その緑の世界がどう見ても変である。山間部の棚田は今ごろ田植えの最中か、耕され水が張ってなければならないのに、草が伸び放題で荒れている。
それに大きく変わっていたのは転々とあった人家が取り払われ、フロ釜とか、炊事場の流し台が転がっていた。確かにこのあたりには7、8軒の農家があり生活していたはずである。
事情は察することはできた。
長崎県では、今ここに石木ダムを計画して、地元と交渉中であり、賛否両者の間で激しい攻防が繰り広げられていることは、マスコミの報道で知っていたからである。
しかし、ここまで進展しているとは思ってもいなかった。岩屋口のバス停の近くには、大きなダム反対の建て看板が立ちはだかっているし、まだ交渉の段階だと思い込んでいた。
家を取り払った庭先には、花が今を盛りに咲き誇っている。だが眺めてくれる主がいなくて寂しそうである。道路わきの庭先には、色づいた梅がたくさんなっている。熟し具合からして、もうこのまま収穫されないだろうと私は勝手に想像して、手を伸ばし一個失敬してかじった。生梅を口にしたのは久しぶりのことであった。子供のころに顔をしかめながらほおばったあのときの酸っぱさが口一杯に広がった。
人気のない林道の脇には、藪の中に赤い色のイチゴがいたるところに熟している。思い思いに立ち止まりイチゴを食べながら、だんだんと登りがきつくなる舗装道を登った。
後から3人が追いつきはしないかと、時々後を振り見向き振り向き歩いていたがとうとう岩屋登山口に着いてしまった。時計を見ると11:15分である。
そこには黒塗りの乗用車が一台留まっていた。その車には私たちがしてきたように、ウインドウにメモは挟んであった。「オレンジの皆さんへ。先に登ります。10:30。こもれび」おおよそ一時間前にここを出発していたのだ。もうすでに山頂に到着しているころである。
言い違い?聞き違い?の原因は、「岩屋口バス停」と「岩屋口の登山口」のようである。
目指す山頂は同じである。先に行っている事が分かると、一安心。
1時間20分のコンクリート舗装の林道歩きは土の山道と違って特に疲れがひどい。登山口の東屋にザックを下ろし、流れる汗を拭き、水分を補給する。ここの登山口からは、自然林に覆われ、木漏れ日の下を歩く涼しい山道となる。一行は水を得た魚のように元気を出して足を交わした。尾根を吹き抜ける風は流れる汗を拭うようにして去っていく。この風に感謝しながら、もう一息だと元気を出して登った。
虚空蔵山の山頂に着いたのは12時ちょうどであった。一時間前に到着していた「こもれび」の3人は木陰で待っていた。
郡岳から経ヶ岳までを往復縦走して以来、5ヶ月ぶりの再会である。
お互いに、言い違い?聞き違いを詫びながら話が弾んだ。3人は岩屋口バス停を8:30分に通過したという。諫早組が予定どうりの8:30分に着いていれば、お互いに心配しなくてもよかったのに・・・。
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